ボーッっとする。 視界がぼやけている。目の前に映る何かがどんな光景なのか理解するのに時間を要した。 燃え盛る炎。自分の両手には人間を自らの手にかけた感触。辺りにあるのは死体。死体、死体、死体、死体、死体死体死体死体死体!! その光景がいつも見ている夢であることを思い出して、気分が悪くなる。脳裏には常に命令が聞こえてくる。『コロセ』と言う命令が。 嗚呼……分かっている。俺は一生この夢に付き合っていかなければいけない。 俺には人を愛する資格はない。 俺には正義を語る資格もない。 俺には生活の保護を受ける資格もない。 この世には夢も希望もない。 死のうと思っていた。生きていてどうなるのかなんてわからない。死んだら自らが手をかけた人間に罪滅ぼし出来ると考えたこともあった。 俺の人生になんの価値があるのだろう。 そもそも俺ってなんだろう? わからない……どうでもいい。 人の命なんてなんてあっけなくなくなっていくのだろう。 誰だよ。人の命が尊いなんていった奴。 正義なんてどこにもない。正義なんて人間の都合のいい解釈の1つでしかない。 そうでなければ……。 なんの罪も犯していない火乃木が迫害されなきゃいけない理由なんてない。 ……? そうだ。火乃木だ。火乃木と出会って俺は変わったんだ。 公開処刑される寸前だった少女。服も着せてもらえず、ギロチンにかけられ、自分の無実を訴えていた。 死にたくありません。生きたいです。わたしは何もしてません。 そういって必死に助けを求めていた。 心動かされた。そうやって命乞いをして死んでいく命がこの世にどれだけあるのだろうと考えた。 自分が手をかけた者達もきっとそうやって死んでいったに違いない。俺が生きていれば、きっとまたこの手を汚す。 俺は……それでも構わないと思った。もし生きることで罪滅ぼしが出来るのなら。 俺はそう思った。 そして誓った。何年かかってもいい。どれだけ傷にまみれてもいい。 火乃木のように、無意味な死をこれ以上生み出さないためにも俺は亜人と人間が共存できる世界を作って見せると。 俺が世界を変えて見せると! そのためなら喜んで傷にまみえようじゃないか! 喜んでこの手を汚そうじゃないか! 俺に正義なんてない! 正義の基準なんてどうでもいい! 俺にはそれだけの力がある! そのために俺はこれから生きる! そうだ。そう誓ったのはもう6年も前なんだな。随分時間が経っちまった……。 ごめんな火乃木。お前の想い……俺には純粋すぎて受け取れない……。 「……!」 「目が覚めたみたいだね」 「レイちゃん……? 起きたの!? レイちゃん!?」 聞き覚えのある声がする。 どうにか体を起こそうとするが、上手くいかない。そして気づいた。俺の両手は後ろ手に縛られていることを。 「火乃木と、ネルか」 「うん! 大丈夫? レイちゃん?」 「死んではいないらしいな……」 俺は仰向けになり、腹筋を使って体を起こした。 鉄格子の窓からは夕焼けの赤い日が覗いており、火乃木とネルがいることはわかった。 「ここはどこだ?」 「まあ、見ての通り。牢屋……かな」 ネルに言われ俺は辺りをよく見てみる。 石で出来た床と壁。出入り口であろう扉には鉄格子ががっちりはまっている。なるほど確かに牢屋だ。 「俺は……どれくらい寝てた?」 「君が入ってきてからたっぷり4時間くらいかな?」 昨日から寝てばっかな気がするな……。 シャロンは……いないか。まあ、ここがどこなのか大体検討はついてる。 「とりあえず、色々確認しておこう」 俺はまず先に自分がどういう経緯をたどってこうなったのかを簡潔に説明した。そして、ここがノーヴァスと言う男の館であろう可能性も。 「なるほどね。クロガネ君はシャロンちゃんを守ろうとして一緒に行動していてその甲斐もなくこうなってしまったと……」 「まあそういうことだ」 「ねえ、クロガネ君。ここの館の所有者がノーヴァスって男だって話は本当なの?」 「多分……ではあるがほぼ間違いないだろうな」 「こんなところにいたなんて……」 「ネルさん。ノーヴァスって一体何者なの?」 「俺も気になるな」 俺も火乃木もノーヴァスと言う男がこの森に存在していることは知っていても、ノーヴァスと言う男が何者なのかはよく知らない。 「ノーヴァス……フルネームはノーヴァス・グラヴァン。エルノクって言う国で財を成した貴族の1人よ」 「エルノク国の貴族ってことか」 「エルノクってボク達行ったことないよね」 「行く機会も必要もなかったからな」 俺と火乃木が口々にそういう。ネルは構わず続ける。 「で、その後ストラグラム国と手を結んで生物兵器開発のために指名手配されて別荘を転々としている大犯罪者でもある」 「マジかよ……。因みに賞金とかかけられてるか?」 「かけられてるよ。金貨300枚」 『き、金貨300枚!?』 中々それだけの報奨金が設定されている犯罪者なんて少ないぞ。 「具体的に何をやらかしてるわけだ。ノーヴァスって野郎は」 「人さらい、人体改造、人身売買までやってるらしいよ」 「俺らが殺されずにここに監禁されているのは……」 「なんらかの実験のために生かされているって考えるのが自然かもね〜。特に……」 ネルは火乃木を見た。 「人間と普通に行動を取っている亜人なんて珍しいし、火乃木ちゃんは絶好の実験材料のはず」 「ボ、ボク……なにされちゃうのかな?」 火乃木が恐怖に顔を引きつらせる。自分がどんな仕打ちを受けるのかわからないことへの恐怖なのだろう。 「それはわからない。でも、結構非道なことしてるって言うから、ただじゃあおかないかもね」 「そんな……」 連中がどんな実験を行っているかは知らないが、確かに亜人を実験材料にするなんて、普通じゃ出来ないから喜んでいる可能性はあるかもな。 「は〜。人前で亜人としての姿を見せちゃったり、またも魔術師の杖がなくなったり……なんかボク散々だなぁ……」 連中も魔術に関する知識はある程度持っているのかもな。特に杖を使うタイプの魔術師は臨機応援に様々な魔術を使えるから強いのだ。 だからこそ、連中が火乃木の魔術師の杖を奪ったことは正しい選択だ。 「そういえば……」 俺はネルの顔を見て続ける。 「ネルは火乃木が亜人でも気にしていないのか?」 「私は特に気にしてないよ。それに、アーネスカから火乃木ちゃんやクロガネ君のことを聞いていたから、火乃木ちゃんが亜人であることも知ってたわけだしね」 「ふ〜ん。けどよ……」 俺はもう1つ気になっていた疑問をネルにぶつけた。 「ネルにとってオレ達に手を貸すことは大してメリットのあることでもないんじゃないのか? 俺達とネルは竜殺しの魔剣屋で1度会っただけだし、友達と呼べる関係ですらない。それなのに、なぜここまで俺達に協力してくれる?」 ネルと俺達は少なくとも1度会ったことがあるだけの知り合いに過ぎない。自分の命をかけて一緒に戦うようなメリットなんかないはずだ。 「私、傭兵やっててさ……」 ネルの声が少しだけ沈む。遠くを見るような瞳だ。昔のことを思い出しているのだろう。 「傭兵ってさ、命がけなんだよね……。多くの人間を生かすために一部の人間を犠牲にしなきゃいけないような時だってあるし、任務中なら必ず全員生きて帰れるわけじゃない。それでも頑張って任務をこなしてきた。仲間のために、自分のために……」 「…………」 誰かのために命をかける、か。どんな気分なんだろうな……それって。少なくとも、俺には分わからないかもしれない。いや、分かるようで分からないといったほうが適切かもしれない。 少なくとも俺は、自分のためにしか戦っていないからな……。 火乃木を死なせないために戦うことがあったとしても、それが命を懸けて火乃木のために戦っているというのとは少し違う気がする。 「毎日毎日……命と精神すり減らして戦うのも疲れちゃったし、それに何より、知り合いでも知らない人でも、誰かが死ぬのを見たくないと思ったし、救える命があるなら可能な限り救いたいって思うようになったんだ……。だから、クロガネ君や火乃木ちゃんのこと、よく知らなかったとしても助けたいって……そう思ったから」 「ネルさん……」 火乃木は同情するような心配するような複雑な表情でネルを見る。 「アッハハ! 火乃木ちゃん。そんな顔しないでよ! もう昔のことだよ」 「う、うん……」 ネルは笑ってそう誤魔化す。無理をしている様子はない。 「なるほどね。少しばかり俺にはない考え方かもしれないな」 「誰でも持っているような考え方ではないからね。さあて、私の昔話はこれぐらいにしてさ、ここから出る方法を考えてみない?」 「だな……!」 ここにいたらどの道命はないかもしれない。何がなんだか分からんうちにとっ捕まって、よく分からん実験に付き合わされてたまるかってんだ。 「問題は……この縄だねぇ。この状態じゃあ、脱出しようがないし」 「今は俺がいるさ」 言って俺は、自分の右手に魔力を込める。縛られているから少しやりにくいが、物質の精製に支障はない。そして、俺は一本のナイフを生み出した。 「クロガネ君、それ……」 「ああ、このナイフを使って……」 俺は自分の両腕を縛っている縄を生み出したナイフで切り、自分の両腕を解放する。 そして、火乃木とネルの縄も同じように切り裂き2人の腕を開放した。 「ありがとう。レイちゃん」 「……」 ネルは縛られていた手首をさすりながら、なにやら難しい顔をしている。 「どうした?」 「クロガネ君……。今の力は一体何?」 あ……。やっぱりそうなる? もちろんそれを考えてないわけではなかったが。 「バグナダイノスと戦った時も思ったけど、魔力で物質を生み出すなんて、いまだかつて、どんな大魔術師でも成功させたことのない魔術だよ。それをこんな簡単にやってしまうなんて……」 「あ、え〜っとネルさん。それは……」 「火乃木、余計なことは言うな」 「う……うん」 俺と火乃木が叔父《オヤジ》に拾われたときにも言われたな……そんなこと。 「言い訳するつもりもないし、見られた以上隠す気もない。この能力は、俺がいつの間にか習得していたものだ」 「いつのまにって……」 「自分でもわからないんだ。魔力をどんな風に操ってこんな力が使えるのか。自分が風変わりなのはよく分かってる」 そう、この力は魔術師ギルドから封印指定を受けかねない危険な力なんだ。 「……」 「ただ、この力を悪用するつもりはない。多くの人間の目に触れればそれだけ騒ぎになる可能性があることだって承知している。だから、なるべくなら使わないように行動しようと思っているよ」 「……ふ〜ん」 ネルはそう前置きしてから続ける。 「私はただ、クロガネ君がどうしてそんな力を持っているのかに興味が沸いただけだよ。別に誰かに言いふらしたりするようなことはしない」 「ならありがたい」 「まあ、色々複雑な過去がありそうだし、追求はしないでおいてあげる」 俺はそれに対して微笑みで返した。 「そう言えば、2人がどういういきさつでここにいるのか、まだ聞いてなかったな」 バグナダイノスに吹っ飛ばされてから2人がどうなったのかは当然ながらずっと気になっていた。 「クロガネ君がバグナダイノスに吹っ飛ばされた後、クロガネ君が吹っ飛ばされた方向に向かっていったら崖があったものだからね。そこから川が見えたものだから、その川を下っていってたんだけど。その途中で、なんか全身赤いスライムの大男が現れてさ」 俺のときと同じか? 「抵抗したんだけど、どうしようもなくて、2人そろって気絶させられて気がついたらここにいたんだよ」 「ってことは昨日からここにいたってことか?」 「まあ、そうなるねぇ」 あのスライム男は1人ではないのか……。やはりあのスライムは……。 「でもレイちゃん、ほんと無事でよかった」 「火乃木……」 俺は火乃木を見る。 「うんうん。あの後ね火乃木ちゃんってばレイちゃんが死んじゃったらどうしようーって泣き出しちゃって……」 「うわーうわーうわー!! それ言わないでって言ったのにー!」 「アッハハハ! 火乃木ちゃんかわい〜」 「うううううううう!!」 「まあ、大体分かった……」 俺はため息混じりにそう言った。 「じゃあ、どうやってここからでる?」 そう、それが次の課題だ。この鉄格子をどう破るか。 「ネルの拳でどうにかならないのか?」 「鉄格子に対して拳を振るったことは流石にないけど、曲げるくらいなら多分出来るよ」 「じゃあ、それ頼む」 「OKだよ」 俺と火乃木はネルから少し離れる。 「ストーム……」 ネルの右手のグローブから淡い青色の光が発生する。同時に青く光る腕輪のようなものが現れ、回転し始める。 「ブリット!!」 そう叫んだ瞬間右手が鉄格子の鍵目掛けて放たれる。乾いた音が響き、鉄格子の鍵がひしゃげた。 ネルの拳。破壊力すげえな……。 ネルは自分が破壊した鉄格子の扉を力ずくで開けた。ひしゃげて鍵がなくなった扉はネルの力の前に簡単に開いた。 「よし。これで出られるよ」 「多分、ノーヴァスの雇った警備員だとかがわらわら出てくるだろうから、戦いながら館内を移動することになるな」 俺の言葉に火乃木とネルが頷く。 「俺とネルの2人で戦闘を走る。火乃木はその後ろからついて来るんだ。いいな?」 「わ、わかった」 「ネルもそれでいいか?」 「問題ないよ」 「よし、じゃあ行くか!」 開かれた扉から俺達3人は牢屋を脱出した。 「どうしたと言うのだシャロン……。お前らしくもない」 ノーヴァス・グラヴァンは自らの屋敷の一室でシャロン・クレスケンスにそう問う。 ベッドに座ったままのシャロンは、ノーヴァスの言葉に対して何も答えない。否、口すら聞きたくはないと思っていた。 彼女の頭の中にあるのは自分を自由にしてくれると言った男の笑顔だけだった。 自由。 その言葉の意味を彼女はよく知らない。しかし、零児が言ったニュアンスを考えれば自分の好きな未来を選び取れると言う意味であることがわかった。 彼女は今でもその言葉を信じている。今までこの屋敷意外の世界を知らなかった少女はその世界を知りたくてうずうずしている。おじ様と呼ぶノーヴァスの言葉に従う意外の未来を信じている。 「レイ……ジ」 どこか遠くを見るような瞳でシャロンはその男の名を口にした。 初めて出会ったとき、その男は自分に微笑みかけてくれたことはよく覚えている。 自分には何もない。自分は戦う力はノーヴァスと言う男のために振るわなければならない。 生まれてからそう思っていたシャロンは鉄零児と出会ったことによりその考え方を変える事にした。自分の力をノーヴァスのために使うなら、零児のために使いたい。 また優しくして欲しいから。また笑いかけて欲しいから。 また会いたい。もう会えないのかと思うと辛い。心が苦しい。だからシャロンは涙を流した。また会いたいと願いながら。 その時、シャロンの涙を見たノーヴァスはシャロンの頬を強く叩いた。 「う……!」 ノーヴァスに頬を叩かれ、身軽な体が横に倒れる。 「お前に自我など必要ない!! お前に必要なのは兵器としての力だけだ! お前の力は私のためにあるんだ!」 ノーヴァスは憤怒しシャロンを睨んだ。 しかし、シャロンに恐れはない。彼女にとってノーヴァスの存在なんかもうどうでもいいのだ。 「ノーヴァス様!」 その時だった。シャロンの部屋の扉が荒々しく開かれ、黒服の男が現れた。 「どうした騒々しい!」 「それが、牢に閉じ込めておいた3人組が脱出して……」 「なに!?」 「……!」 シャロンの瞳に光が宿った。 |
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